サロンを立ち上げるまでのお話

生い立ちからカウンセリングとの出会いまで

ちょっと長いお話ですが、興味のある方はぜひ読んでみてください。

私の人生の始まりは「混沌」という名が一番ふさわしいのではないかと思います。
かに座生まれであるからなのか、幼いころからとても感受性が強く傷つくのが怖い子供でした。
人と関わるのが好きな割に、とても人からの評価に怯えていました。
家庭環境はあまり良くなく、特に父親からの高圧的な態度にいつも怯えてイスの下に隠れているような子供でした。

傷つくと内に籠ってしまい、学校にも行けない日々が訪れ、小学校2年生の時に自暴自棄になり、包丁を持ち出し「こんな世界なら生きていたって意味がないから死んでやる」と親に迫ったことがありました。

そんな事があった後、担任の先生の強制的な復学により、何事もなかったかのように楽しく学校生活を迎えていた小4の冬に急に親の都合で引っ越することになり、居心地が良かった学校を離れて、別の小学校に転校しました。

転校先の小学校になじめた頃、気が付いたらいつも遊んでいた親友だと思っていた女の子がいじめの中心核となり、他の友達5人からトイレに呼び出され、身に覚えのない言いがかりをつけられる日々が始まりました。
ある日、朝学校に登校すると、教室の自分の机に鉛筆で大きく「死ね」と書かれた落書きと、花が活けられた花瓶が置かれていました。
私はその日を境に学校に行かなくなりました。

(後でわかった話ですが、親友だと思っていた友人は、親から私と友人を比べて学力が劣っていることを責めていたようです。塾にも通わず、何の苦労もしていなさそうで呑気で全てそろっている私のことが妬ましくなったから、いじめたという事でした)

その後、引越しをして中学に入る時に再チャレンジで復学します。

人からどう思われているのだろうか?
私はおかしな行動をしていないだろうか?
目立ちすぎていないだろうか?
そればかりを気にしながら学校生活を送っていました。
そして自らトラウマの影響によりまた不登校の日々に戻ってしまいます。

その後、教育委員会からのすすめで心理カウンセラーと出会います。

その心理カウンセラーの方は市の教育委員会が手配した方でした。
今から20年近く前になるので、今の様にカウンセリングが一般的ではない時代なので少し手法が違ったのかもしれません。

カウンセリングを受けてみて思ったことは、事情聴取を受けているというような感覚でした。
ひたすら当時の状況を聞き出し、メモに書き連ねて行くだけでした。
今のカウンセリング技法でよくある傾聴法とも違うような内容で、ただ根掘り葉掘り聞き出されていました。
毎回、嫌な思い出をカウンセリングで掘り起こされて辛くなったので、必然と行かなくなりました。
私とカウンセリングの初めての出会いは残念ながら傷口に塩を塗られるイメージでしかありませんでした。

その後、フリースクールという存在を教えて貰い、恵まれた環境とに人に出会い楽しく通うことになります。
その中で友達ができ、凍り付いていた心に春が来たように楽しく過ごせるようになっていました。

 

人生の転機

私の人生は、高校受験をきっかけに180度変わっていきます。

私が通っていた高校は通信制だったので、髪型服装ともに自由なスタイルの高校でした。
土曜日に1度スクーリングするというスタンスでした。
モデルやアイドル、ギャル、ギャル男、ヤンキー系からオタクまで色んな個性を持った子がいました。
人の目なんて気にせずに自分らしく自由にのびのびと生きている人達で溢れていました。

私よりも波乱万丈に生きている友人もいて、逞しく生きている姿勢に感化され、纏っていた鎧が卵の殻のように剥がれていきました。気が付いたら自由に楽しく生きられるように変わっていました。

そして18才の夏に、母の奨めでリフレクソロジーのバイトを始めたのをきっかけにセラピストの道へ足を踏み入れます。

 

セラピストになったきっかけ

リフレクソロジーのバイトを始めると、様々なお客さんに出会い、お話することや施術することが楽しくて、もっと癒やせるように技術を学びたい色んなセラピーを勉強したくなりました。高校卒業と共に、大手エステティックサロンへ就職します。

リラクゼーションの世界の楽しさから、セラピストの仕事が好きになった私は、エステの世界はカルチャーショックの連続でした。
エステの技術は素晴らしいものでしたが、高額コースの勧誘方法から、サービスの提供方法、全てが真逆の世界でした。
また、社内教育で学んだ技術は、即席の内容であるためになぜそうなるのかという理論がなかったのです。
物足りなさを感じ本格的に解剖生理学などの体の勉強がしたいと欲求が生まれるようになりました。

一端エステを退職し離れた後も、プライベートな時間を見つけては、セラピー情報を集めたり施術の練習に当てていました。
プログラマーやWEBデザイナーの仕事をするようになります。
激務と上司の尻拭いのため顧客への謝罪を行ったこと、上司に自社が何も対応しないことで顧客との板挟みとなり、心労から体を壊し、2週間急性胃炎で寝込む程の状態でした。
体が回復してきたら精神的にも病んでいたことがわかり、休職することにしました。
そして近所の心療内科に再び通うことになるのです。

院内に入った瞬間、暗くジメジメして、どんよりした院内に驚きました。
うつ病の患者の方が多いのか、うつむいて待っている患者さんが多くいました。

診察室に入ったら、医師がうつろな目でぼそぼそと話しかけてきました。
うつ病ではないかという位の暗さと神経質な感じで、診察中に医師の健康状態が気になってしまう程でした。
こんなところに通ったらますます悪化すると予感がしました。

心療内科でもらう精神安定剤にはあまりいい印象がありませんでした。
安定剤には副作用があること、そして一度飲むとなかなか辞められないこと。
精神疾患が重度でない場合、飲むことにリスクがあることを元々知っていたため、1度の診察で通うのを辞めました。

「もっと居心地が良く、リラックスして受けれて心が楽になれる所はないのか?」と探して辿り着いたのが統合療法サロンでした。

 

統合療法との出会い

銀座にある統合療法サロンを見つけ、半年ほど通いました。

その統合療法サロンは、イギリスの病院でフィジオセラピストとして働き、故ダイアナ妃を診ていた方が運営されているサロンでした。
アロマテラピー、ハーブ療法、整体、カウンセリングなどを用いて、統合的にその人を診るという方針で、私の症状に合わせてオーダーメイドで施術をして頂きました。

アロマテラピーやハーブ療法で心も体も緩んでいくことが分かりました。
私は、セラピストとして働いていましたが、肩こりや疲労以外の体の不調で、セラピーを本気で受けたことはありませんでした。
アロマやハーブの力によって精神的にも肉体的にも作用し、回復していくことが出来ました。

本当の意味でアロマとハーブの薬理効果の力を実感したことにより、統合療法の学校に通い始めて、心理学について学んだり、アロマやハーブの資格を取り始め、メディカルハーブやフランス式メディカルアロマの勉強も行いどんどんやりたい事を吸収していくようになります。
フィトセラピーサロンへ就職し、アロマ・ハーブなどの植物療法の知識を探求し始めます。

 

フラワーエッセンスとの出会い

統合療法の学校のコースには、心理学の授業が1年間含まれていました。
ユングやフロイトなどの心理学は、日本では一般的な心理学です。

その授業でカウンセリングの技法や自律訓練法などの様々な技法を学びましたが、なぜかしっくり来ませんでした。

私が幼いころに受けたカウンセラーの技法とは違い、傾聴法など相手に寄り添う内容が勉強できたので、そういった面では良いイメージで記憶を塗り替えてくれる良い機会でありましたが、本当にそんな方法で心の悩みが改善されるのだろうか?という疑問だけが残りました。

そこで前から気になっていた、心の悩みに効くというフラワーエッセンスのセミナーで製品を試してみるようになります。

アロマのようでアロマでない、香りも味もないフラワーエッセンスが始めはとても怪しい製品だと思っていた為に中々手が出せない代物でした。

ハーブやアロマはショップか!?
・・・という程に、それぞれ50種類程、常にストックされており、体調に合わせてメディカルハーブをブレンドしたり、アロマを常に焚いていましたので、魔女そのものでしたが。。。。

フラワーエッセンスにはどうにも抵抗がありました。

ちょうど昔のトラウマが後を引いていて、悩まされている時期でした。
いい機会だと思って自分を実験台にしました。

トラウマにオススメだと言われている「スターオブベツレヘム」という花のエッセンスを飲み始めたら、心の浄化が始まり、1週間号泣が止らない現象が始まりました。

そして日常で、イライラや嫉妬の気持ち、絶望などの気持ちが現れる度に、フラワーエッセンスを飲んで改善していきました。

フラワーエッセンスは精神安定剤と違い、副作用もなければ常用性はないのでいつ辞めてもOK
自然治癒力の力で健康的になっていくので、とても理にかなった心理療法だとわかってからどんな時にも持ち歩くようになっていました。

ヒーラーとしての能力が開花し始める

 

アロマセラピストとして働いていたある日、お客様にお話しを聞く前に不調な場所が何となくココかなという所がわかるようになっていました。
最初なぜそんなことが分かったのかわかりませんでした。
アロマのインストラクターの試験の最中に「絶対に受かるから最後までがんばりなさい」という女性の声がいきなり聞こえてきました。

昔から占いとかファンタジーの世界は好きでしたが、スピリチュアルとか神とか信じていない現代化学大好きなIT系に強いタイプでした。
ところが、私の頭では理解できない現象が次から次へと起こり始め、スピリチュアルな世界が存在することを否定できなくなっていきました。

そんな時、同じ統合療法の学生である女性と出会います。
今思えば、この女性が私のヒーラーとしての道を示してくれた人でした。

その彼女はレイキやリーディングを勉強している方でした。彼女に起きている現象を説明すると、リーディングの世界に向いているからと勧められて、彼女の通っているスクールで、リーディングの勉強を始めました。
そこでリーディング方法を教えて貰ったことをきっかけに、様々なヒーリングを学び始めました。

そして今では、ラブライトヒーリングや幸せを呼チャクラトリートメントなどのオリジナルのヒーリングを開発し提供させて頂いております。

ここには書ききれない私の経験や体験はブログにて書いておりますので、興味がある方はぜひ読んでみてください。